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光の中へ出ていこう

自分が関心を持ったことの記録

おふくろの味

食べる-料理

結婚してから、奥さんにおふくろの味でごはんを作ってくれとお願いしたことがない。嫁姑問題で旦那さんがおふくろの味で作ってくれないとイヤだと言って揉めたりすることがあるようだが、頼んだことがないので今のところそういう問題はない。

ぼくの実家が関東で、奥さんは関西生まれ関西育ち。いま住んでいるのも関西。料理の違いを関東と関西で比較されることがよくあるけど、ぼくはその違いを楽しんでいる節があるのでそんなに気にならない。

それでも気になるところもあって、たとえば卵焼き。ぼくの母親が作る卵焼きは、醤油と砂糖をドバドバ入れた濃いめの甘辛い味付け。見た目も茶色くなっている。奥さんのは醤油も砂糖も少なめの薄い味付けの卵焼。見た目は出し巻き卵とほとんど変わらない。身体のことを気にかけて、薄めの味付けにしてくれているのかもしれない。

たまに奥さんの作る料理でおかしいのでは?と思うことがある。ホワイトシチュー。ぼくの中ではホワイトシチューと一緒に食べるものと言えばパンなのだが、奥さんに作ってもらうと白ごはんが出てくる。しかもちゃんとごはん茶碗に盛りつけされている。ホワイトシチューと白ごはん。洋と和が一緒くたにされ、見た目にもおかしいと感じる。関西はお好み焼きと白ごはんを一緒に食べる人もいるくらいだから、こういうものなのかもしれない。いやいや、どうやってシチューでごはんを食べるんだ?鶏肉か?ぼくはホワイトシチューをおかずに白ごはんを食べることに抵抗を感じてしまう。

ぼくがおふくろの味でごはんを作ってくれと言わないのは、いま奥さんが作っている料理の味は奥さん側のおふくろの味だからだ。「おふくろの味」という台詞を聞くと、だいたい言っているのは男性のような気がする。「おふくろ」は男性が母親を呼ぶときに使うイメージが強いのでそう思うのかもしれない。しかし女性である奥さん側にも「おふくろの味」はある。幼い頃から食べてきた味は男女関係なく、別に母親の味でもなくても、味の記憶はたいていどんな人にもある。ぼくの勝手な好みで味を無理やり変えろというのも少し気が引ける。

おふくろの味にしてくれとは言わないが、味付けの改善をお願いすることはある。

作ってくれた料理は見た目がどんなにおかしくても、必ず一口は食べるようにしている。まずは一度食べてみる。受け入れる。美味しかったらそれでいい。そうでなかったら次はこうしてみたら?と提案してみる。こういうふうにしてもう一回作ってみて、とお願いしてみる。すると奥さんは、じゃあ違うやり方で作ってみようという気になる。

ぼくたち親にとっては、お互いのおふくろの味の接点を模索している感じ。お互いが美味しいと思える料理を一緒に探している感じ。それが子どもにとってはおふくろの味になるんだなといま気がついた。自分たちがおふくろの味を作っているんだ。子どもたちもそうやってお互いが美味しいと思える味を見つけられる人と一緒になってほしいなと思う。べつに惚気てるわけでも、奥さんの作る料理に不満があるとかそういうのではないのであしからず。

 

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