光の中へ出ていこう

自分が関心を持ったことの記録

ジェットストリームで文字を刻む

初めてジェットストリームを手にしたのは、ほぼ日手帳の付録でした。手帳を買ったらおまけでついてきたように記憶しています。2013年だから2年前か。ずっと使っているけれど今でも現役。仕事もプライベートでもコイツで書きまくってます。誰かにペン貸してっていわれても、手にしているジェットストリームでなく近くにあるボールペンをわざわざ取ってきて相手に渡すくらいお気に入りで身体の一部になっています。文字を書くのが好きなのは、使うペンの書き味も大きく関係しているんじゃないでしょうか。

あの引っ掻くような書き味。紙に尖った針で自分の文字を刻み込む感覚が手から脳に伝わってくると静かな興奮を覚えます。他のペンではこの引っ掻く感じはなかなか得られないです。なんでかなって考えるとたぶん先端のボールの径が小さいからなんじゃないかな。詳しくしらべてないから分かんないんだけど、針みたいに細いカリカリと刻み込む感じは、たぶんそのせいだと思う。よく銀行とかでもらうノベルティのボールペンで書いていると、紙の表面をぬるぬると撫でるように感じてしまって物足りない。ボールが紙に接触し転がり始めるとき、また線を書き終わってボールが紙から離れるときの白っぽく線が残るのも、つまり線の出だしと線が終わる境界線がぬるぬる過ぎて落ち着かない。

僕が使っているほぼ日手帳のジェットストリームは三色の芯がセットできるようになっていて、黒と赤と青の替芯を本体に指して使っています。三色使えるタイプにしてはかなり細身で持ちやすくて書いていても疲れにくい。

前に仕事で着ているシャツの胸ポケットにジェットストリームを入れていて、帰宅後そのまま洗濯してしまい、芯からインクが流れ出てシャツの周りが真っ青に染まってしまったことがありました。黒のインクって紫っぽく見えるんだなって変に感心したりしてました。

引っ掻く感じが好きなのは、紙に自分の字を刻み込んでいるぞって自覚できるから。彫刻とかエッチングに近い感覚で、この感覚に初めて快感を覚えたのは美術予備校に通っているときでした。

当時通っていた美術予備校の油科は、今でもあると思うけど木炭デッサンの授業がありました。木炭デッサンは専用の画用紙(木炭紙)に描画用の木炭でデッサンします。描画に使う道具は木炭意外に鉛筆も使っていました。

今では完全に美術予備校の手癖だと思えるのですが、当時流行っていたデッサンの方法があって、木炭デッサンだけど、ほぼ鉛筆しか使わない技法が受験生の間で流行っていました。使う鉛筆の固さは7Hから9H。鉛筆ってBが柔らかくて、Hにいくほど固くなっていきます。鉛筆の中で最高に固いのが9H。鉛筆の鉛色はほとんどなくて、テクスチャーを作るために分厚くて柔らかい木炭紙をガリガリ削って描いていくんです。ハッチングっていうんですが平行線を何重にも重ねていって薄いグラデーションを作って絵に重厚感を出すテクニックが流行っていました。

僕もそのハッチングで毎日絵を描いていたことがあって、その感覚にジェットストリームで文字を書く感覚が似ているんだなと気がついた。無心になってデッサンに没頭していた二十歳くらいの頃の手の感覚が、十年以上経ってもまだ残っていて、たぶん一生忘れることがないんだろうと思う。

あと、文字について思い出したけど、僕の書く文字は母親の文字に似ています。兄弟にも言われるし、自分でも自覚しています。母親の書く文字は、針を一本一本置いていくような感じで、一般的には上手ではないかもしれないけれど、幼い頃に見たときに僕はこういう文字が書きたいと子供心に思ったことがあって、それが大人になっても続いています。子どもの頃はかなりの丸文字で、それを矯正しようと自分で意識し始めたときだったのかもしれない。ほかにも前の職場の上司が、流れるような人間味のある文字を書く人で、その人の文字を真似したり、いろんな人の筆跡をみていいところ、真似したいところをミックスさせて今の自分の文字が出来上がっています。

昔父親が一度だけ手紙をくれたことがあって、そのときはじめて父親の文字を見たけれど、ぼくはあんまり好きじゃなかった。結局いろいろあって、その手紙を破いて燃やしてしまったけれど、今思うともったいないことをしたなと後悔しています。もう二度ともらえない手紙。

子どもにもお父さんの文字変だねと言われるのは構わないけれど、汚いねとはいわれたくない。上手ではないけれど、文字をみてその人がどんな人であったか思い出せるような文字を書くことができれば、それでいいのではないかと思う。

 

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